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虹の上を行ったり来たり、ねこのように気ままに

女→男→女と、二度の身体改造を経て変身してきたトランスジェンダーの日々。

ななな、なんと!作品を展示していただけることになりました!

DIARY

「虹ねこ」作品の展示START!

これまでネット上のみ(ハンドメイドマーケットminne)で、「虹ねこ」の名前でコツコツと製作・販売をおこなっていたレインボーアクセサリー。

なんとこの度、リアルな場で作品を展示させていただけることにしていただけることになりました!!!

 

じゃじゃじゃじゃ〜ん!

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作り始めた頃は、まさかこんなことになるなんて…感激です(涙)。

 

そんな素敵な提案をしてくださったのは、Love Act Fukuoka(LAF)さん。

福岡を中心にゲイ・バイセクシュアルの男性を主な対象としたHIV/エイズ性感染症の予防啓発活動をされているNGOです。

福岡市博多区住吉にて、「コミュニティーセンターhaco」を運営されていて、今回はそちらで場所をお借りして、展示をさせていただいています。

理解のある方ならどなたでも入場OKとのことでしたので、ぜひ実際に作品を手にとってご覧いただければ幸いです☆

※ hacoさんでは作品の展示のみで、現品販売は行っていません。ご注文は、これまで通りminneよりお願いします。お待ちしていま〜す♪

 

また、わたしの作品だけでなく、様々な企画や展示をされています。オープン時間や場所などの詳細は、hacoさんのサイトにてご確認ください。

loveactf.jp

 

少しずつ前進

復職してからというもの、体力が落ちているのもあって、メインの仕事だけでもすぐヘトヘトに疲れてしまいます。なので、ブログの更新も作品の製作も亀ペースになっていますが、それでも一歩ずつ、着実に前には歩いているのかな?という状況です。

昨年体調を崩してから全てお断りしていたLGBTに関する研修等のスピーカー依頼も、8月から少しずつ再スタートさせていただけることになりました。去年の今頃は、過去を思い出すだけでも耐え難く、また人前でお話できるようになるとは思っていませんでした。さらに来年の夏は何やってるんだろうなー。

 

「転んでもただでは起きぬ」

最近とくにこの言葉が好きで、今のわたしの支えにもなっています。英語では「All is fish that comes to the net.」、手に入るものならなんでも積極的に利用することのたとえで、こういう表現なのだそうです。

でも、「網にかかったものはすべて魚だ」って、なんだかただの食いしん坊みたいで、欲深いと言うよりはかわいいですよね(笑)。

 

それでは最後に、3週間前にうちにやってきた子猫「たらこ」(生後3ヶ月/♀)。

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毎日モリモリ食べて、バタバタ走り回って、グングン大きくなっています。

わたしもしっかり食べて、夏バテしないようにせねば…!

みなさんもお気をつけて〜。

 

ねこのように気ままに。

 

 

ツラかった中学時代

HISTORY

復職してからというもの、毎日があっという間に過ぎてしまい、気がつけば前回の更新から2週間もたっていました(笑)。ビックリ!

しかしまあ、マイペースにいきましょう。

 

さて今日は、とってもツラかった思い出の残る中学時代を振り返ってみます。

 

部活!部活!部活!

中学時代はなんと言っても、部活が一番強烈な記憶として残っています。前回の記事で小学校の時にサッカー部に入っていたことは書きましたが、3〜6年生の卒業するまでやっていました。中学校にもサッカー部があり、そのまま続けようか迷っていました。ちなみにわたしが通った公立中学校は、必ず何かしらの部活動に入部しなければなりませんでした(この決まりがなかったらおそらく帰宅部だったと思われる)。

中学生にもなると、男子と女子の体力や体格差はますます出てきて、正直このままサッカー部は無理かもなという気持ちと、でもせっかくやってきたから続けたいという気持ちが半々でした。しかし、中学校のサッカー部顧問の一言で、サッカー部に入ることはやめました。

 

「女子も入れないことはないけど、多分試合には出られないと思うよ」

 

なにー?わたしがどれだけやれるかも見ずに、「女子」っていうだけでそういう扱いなのかー?

 

なんだか、諦めと呆れと悔しさとが混じった感情を抱いたのを覚えています。でも、「ああ、ここでは最初からまともに評価してもらえないんだな」と悟り、さっさと卓球部に入部しました。

なぜ、そこでいきなり卓球部か?ということなんですが、小学生の時にちょこちょこ遊びでやっていたり、元卓球部の母に少し教えてもらったりして、「もしかしたら向いてるかも?」なんて思っていたからです(笑)。

そして本当に向いていたらしく、市の大会で優勝することもありました。これはこれで「めでたし」なんですが、めちゃめちゃツラかったことがもう一つ。

 

それは、陸上です。

わたしの中学校には陸上部というのがなく(部員がおらず)、大会のあるときだけ各部活からの寄せ集めメンバーで出場するというかたちをとっていました。そこになんと、わたしも入れられてしまったのが悲劇の始まりでした。

 

足が速い、普通、遅いの3つに分けると、ギリギリ速いグループに入ってしまったがために(速いグループの中では遅い方)、ついていくのに必死で、毎日泣きながら走って(走らされて)いました。また陸上の顧問と卓球部の顧問が同じで、どこに行っても逃げられないという…。意味のわからないトレーニングや恥ずかしい創作ダンス、今だったらすぐ問題になるであろう暴言や体罰なんて、日常茶飯事でした。あまりに耐えられなくなり、同級生たちに呼びかけて署名を集め、その顧問の先生に辞めてもらおうと試みたのですが、途中で担任に見つかり、こちらの言い分は聞き入れられず、理由もわからないまま説教をくらいました。この時、大人は誰も守ってくれないんだなと思いました。

 

学校生活

一方で、部活以外の学校生活はというと、わたしはいっそう女の子らしくすることにこだわっていました。

 

中学校の卒業アルバムの写真がこれです。

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育ち盛りで顔パンパン(笑)。

当時は大人ぶっているつもりでしたが、今見るとあどけないですね。

 

小学校の高学年時にも増して「男は男らしく」「女は女らしく」という感覚が強くなり、そうでなければいけないとさえ思っていました。

 

誰と誰が付き合う、というような話も出てくるようになりますし(わたしも確か1人の男子と付き合ったような時期もあったなー)、男子に好かれなければ価値がないかのような錯覚に陥っていました。この「女は男に評価されるもの」という考え方自体、「女性蔑視(ミソジニー)」にとらわれていたんですが、当時は誰もそんなこと教えてくれません。

だから一生懸命「かわいい」「優しい」を演じていましたし、今みたいに他人の前で毒を吐くことも滅多になかったと思います。

そのおかげで周囲からは「かわいい」「優しい」なんて言われていましたが、ただ嫌われるのが怖くて誰にでもいい顔をしていましたからね、かわいくないと思われたらどうしよう、本当は全然優しくねーし、などと思っていました(笑)。

 

また、わたしのことを気に入らなかったのか、ある女子から「わたしが化粧をしてきている」という根も葉もない噂を先生に告げ口され(化粧なんて全くしてないのに)、呼び出され疑われ嫌な思いをしました。女子であることと女子といることは、なんでこんなに面倒臭いんだ!と思っていました。男子だったらありのままでいられそうで、こんなねちっこいこともなくて楽だっただろうなーとも思っていました。

 

ジェンダーフリー」という言葉との出会い

こんなジェンダーバイアスまみれの中学時代でしたが、3年生の時の担任から初めて「ジェンダーフリー」という言葉を聞きました。

ホームルームの時間だったか、先生が突然ランドセルの話を始めました。「女子が黒のランドセル、男子が赤のランドセルでもいい」という話でした。当時は、今のようにカラフルなランドセルはなく、赤・黒以外だと、ごくたまにピンクや紺のランドセルを見かけるくらいでした。

 

ようは、「女らしくなくてもいい、男らしくなくてもいい、自分で選んでいい」ということでした。その時のわたしは、この話に衝撃を受けるでもなく、「へえ〜。でもそんなこと言ったって実際は選べない(選べなかった)し」と思っていました。当時の私のジェンダーバイアスを解くには、一人の大人の話だけでは効果がありませんでした。あまりにもガッチガチのジェンダーまみれの中で育ってきたので、選べるなんて非現実的な理想でしかないと思ったのです。

 

卒業後の進路

こんな中学校生活を送りながら、わたしは早く大人になりたいと思っていました。わたしの中では「大人になる=自由になる」だったのです。だから、高校へも行かずに早く働いて自立したいと思っていました。しかし、両親に「お願いだから高校までは行ってくれ」と言われ、しぶしぶ近くの公立高校を受験して、進学することにしました。

高校では、これまで部活やいい子を頑張ってきた反動でしょうか…荒れます(笑)。

それはまた次回の記事で。

 

ねこのように気ままに。

 

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新作追加&ブレスレットは2サイズから選べるようになりました♪

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VIO脱毛体験談(露骨な表現もあるので、苦手な人は閲覧注意w)

DIARY

人生初のVIO脱毛

さてさてお待ちかね(?)、今日は人生初VIO脱毛の体験談を書きたいと思います。なんだか、わたしの辞書から「羞恥心」という言葉がどんどん消えていっているようです(笑)。どうせ書くなら中途半端に書いても面白くない。ということで、露骨な表現もありますので、苦手な方は今のうちにブラウザの戻るボタンを押すことをオススメします。

 

VIO脱毛とは

まずはここから始めましょう。すでにご存知の方も多いとは思いますが、わたしは自分がやろうと思うまで、どの部位をどのように脱毛するのかあまりよくわかっていませんでした。これまでに医療レーザーの脱毛経験があったのはヒゲのみです。

VIOとは、ざっくり言うとアンダーヘアのことです。Vラインと呼ばれるところはわかりやすいかと思いますが、IラインはVラインの下の方(性器の両サイド部分)、Oラインはお尻の穴周りです。私は絵心がないのでイラストが描けませんが、分かりやすい画像はググってみてください(vio脱毛 - Google 検索)。

さらに私が通っているクリニックでは、粘膜部分までレーザー照射をしてくれます。エステサロンなどでは、「粘膜には照射できません」と言われるところもあるようですね。VIOが綺麗に脱毛されてもIラインの内側の粘膜部分にちょろちょろと毛が残ってる、なんてことは避けたかったので、ここまでやってくれるのはわたしにとって重要なポイントでした。

え、そんなとこまで脱毛するの?そもそもVラインはわかるけどIラインとOライン、さらに粘膜部分にまで毛なんか生えるの?と思う方もいるかもしれません。もちろん、もともと体毛が薄いなど、アンダーヘアも薄めの方には全く必要ない脱毛でしょうね。

が、しかし!わたしは長年(約9年間)の男性ホルモン投与によって、ありとあらゆるところの体毛が濃くなっていましたのです。もうね、ジャングル。トランスする前、ピチピチ18歳女子の時には全く生えていなかったところまで、ものの見事に埋め尽くされてしまいました。当時、ヒゲが欲しいという願望はあったものの、こんな副産物までついてくるなんて…と、男性として生きている時でさえ、やだなーと思っていました。恐るべし男性ホルモンパワーです(笑)。

海外では、「VIOの処理をしていない=不衛生」という認識もあるようで、実際にVIO脱毛をすると「毛がなく(少なく)なる=ムレにくい」というメリットもあります。

他に思いつくメリットとしては、パンツや水着からはみ出ない、パンツ全面が毛で膨らまない、パンツの履き心地(フィット感)がいい、お手入れが楽、などでしょうか。パートナーが喜ぶ、という方もいるかもしれませんね。ちなみに、わたしの場合は自己満足です(残念)。

 

前日の準備

先日VIO脱毛の予約をしたとき、「施術前夜に脱毛箇所を剃毛してきてください」と言われていました。さて、お風呂場でやるか!と直行したいところですが、その前にさらに準備が必要です。まず長い毛を短く切っていないと、カミソリに毛が絡まってうまく剃れません。わたしは、電動のトリマーを使用しましが、バリカンやハサミを使う人もいるようですね。いやー、もうこの時点でなかなか難しい。剃るのまで上手にできるだろうか…という不安がよぎりつつ、「無理して施術部分を切ってしまったらよくないので、難しかったらこちらで剃りますね」というクリニックの受付の方の言葉がよぎります。いや、でもできる限りキレイな状態にしていかないと、部位が部位だけに剃られるのも恥ずかしいし。そんな葛藤の末、どうにかこうにか無事に(切ることもなく)自分ではOKだと思える状態まで剃毛することができました。いくらキレイにするためとはいえ、処理中の格好が滑稽すぎる〜。ちなみに、全剃りして生まれたままの姿があらわになったのは、2013年1月末にタイでのオペ前にナースにバリカンで剃られた以来です(笑)。

 

いよいよ当日

できるだけ前日のきれいな状態を保ったまま施術を受けたくて、朝一番に予約を取っていました。まずは、医師が脱毛箇所の皮膚の状態に問題がないか確認します(一瞬でした)。医療レーザー脱毛は、エステサロンのフラッシュ(光)脱毛より照射パワーが強いので、こういうチェックが必要なようです。そのかわり、フラッシュ脱毛より回数が少なくて済むというメリットがあります。もちろんその分痛みは強くはなるのですが。とりあえず皮膚の状態チェックは難なくクリア。

いよいよ照射か、とドキドキしていると、「少し剃り残しがあるので、先にシェービングしますね〜」と看護師さん。え〜!昨夜あんなに頑張ったのに〜!と思いましたが、黒いものに反応することで毛にダメージを与える医療レーザー脱毛は、毛が残っているとそこだけレーザーが強く反応しちゃって火傷したり、毛根までレーザーの効果が届かなかったりするそうなので、言われるがままお願いしました。

この剃毛、文字通り一本残らず剃られた!という感じです(笑)。そこまで広げて剃りますか?、とびっくりしましたが、ここまでくるともう恥ずかしさはほぼ消えていました。恥ずかしさよりも、こんな思いをしているんだからしっかり頼みますよ!という気持ちに。まあ相手はプロですし、何人ものVIOを毎日のように見慣れているんでしょう。遠慮や躊躇がないので、逆にありがたかった気もします。

それからレーザー照射が始まりました。皮膚が薄い部分だということもあり、比較的弱めのレーザーを当てられます。肝心の痛みは、思っていたよりも耐えられる。ヒゲの脱毛が毎回涙目になるくらい痛かったので、それくらいの痛みを覚悟していましたが、レーザーのレベルが弱い(粘膜付近は強いレーザーが当てられない)のと、どうやらヒゲの脱毛が一番痛いらしいとのことです。剃毛でもすでに経験しているとはいえ、他人にお尻の穴を広げられるのには、やっぱり慣れそうにありません(笑)。

今回わたしが申し込んだのはVIO脱毛3回コースなので、全体的に少し薄くなるかな?というくらいとのこと。永久に全部つるつるにしてしまいたいわけではないので、その後も続けるかどうかは、3回目が終わって様子を見ながら考えようと思います。ちなみにVIOのレーザー照射は2ヶ月おきなので、次は8月です。夏には間に合いませんが、水着を着たり、ろくでなし子さんのようにお披露目したりする予定もないので、気長にいこうと思います。

ここまで私のアンダーヘア事情にお付き合いいただき、ありがとうございました(笑)。変化が見られたら、またVIO記事書こうかなと思います。

 

ねこのように気ままに。

 

こつこつ製作しています。

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小学校時代

HISTORY

HISTORYカテゴリー記事2本目

前回「幼少期、晒します」の記事をUPしてから、急激にブログへのアクセス数が増えて驚いております。どういう子ども時代を過ごして、女→男→女とトランスを繰り返してきたのか、関心を持っていただいたのでしょうか(笑)。今日は引き続き、小学校時代について振り返ってみたいと思います。

 

小学校時代

さて、小学校時代の少ない記憶の糸をたどってみましょう。わたしのもっとも思い出しやすい記憶といえば、「サッカー」です。当時(約20年前)は、まだ今ほどに"なでしこジャパン"が有名ではなく、サッカーと言えば大半が男の子で、その中に混じって日々練習していました。サッカー部に入ったのは小学校3年生で、その時にはわたしの他にもう一人、同級生の女の子がいました。あとからまた2人くらい入ってきて、その後、いくつかの小学校の女子サッカー部員を集めて新たなチームもできましたが、それでもまだまだマイノリティでした。

 

サッカーを始めたキッカケは、父親が地元の小学校のサッカーコーチをしていたことです。入部する前の低学年の時から、父親がサッカー部の練習の指導をしに行くのについて行ったり、そこでサッカー部のお兄ちゃんらに遊んでもらったりしていました。そういうワケで、わたしが自発的に「サッカー部に入りたい」などと言って入部したわけではなく、サッカーがたまたま身近にあり、気がついたら入部していた、という感じでした。

 

わたしは、ステレオタイプのFTMの話によく出てくるような、「昔から男の子みたいだった」とか「スカートを嫌がった」ような子どもではありませんでした。スカートも好きだったし、可愛いと思って着ていました。でも、ブリブリのフリルとかは昔も今も苦手です(笑)。

サッカーもするし、お人形遊びもするし、鬼ごっこもするし、折り紙もするし、「男の子の遊び」「女の子の遊び」などの意識は全くなく、好きなものは好き、楽しいものは楽しいという感じでした。

 

ちなみに、小学校の卒業アルバムの写真がこれです(2000年)。

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まあ、いたって普通です。

この頃、ある俳優に似ていると言われることがありました。

誰でしょう?

 

 

 

 

 

それは、当時の藤原竜也です。

今は貫禄と大人の色気がありますが、この頃は若くてかわいい(笑)。

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うーん、似ていないこともないような…微妙なレベルですかね。

多分、八重歯がチョット似た感じに見えたのでしょうか。 

本題に戻ります(笑)。

 

男の子の方が、得?

さて、小学生の頃から、わたしは「男の子の方が、得なんじゃないか」と思い始めます。もちろん自分が女の子側に属していることは理解していましたが、今さら男の子になれるわけでもないし、「生まれかわるなら男がいいなー」なんて漠然と思ってはいました。

 例えば、サッカー。わたしは小柄だったのもあり、やっぱり男の子たちの方が力も強い。力で勝負するんじゃなくて、上手さで勝負しようと思っても限界がありました。ショルダーチャージとかされたら、よろめいてましたから(笑)。それでも負けん気でどうにかやっていました。

次に普段の生活。わたしは2歳下の弟がいるのですが、弟はあぐらをかいて座っていても怒られないのに、わたしだけ注意される。こんな小さなことですが、とっても理不尽だと思っていました。また、親戚の集まりなどで食事の際、わたしや女の子のいとこたちが配膳や片付けなどを手伝わされていました(強制ではなくても、そういう雰囲気がありました)。

サッカーをしている時、ピッチの上では転んでも「きゃー!」なんて言っているヒマはないし、性別関係なくやり合わなければいけない。一生懸命やっていて、手を抜いているわけではないのに、わが子だから言いやすいのか、コーチの父親には「お前が一番動け」と怒られる(一番動いていた自信あるのに…)。その一方で、普段の生活では「女の子」についてくるさまざまなオプションをこなさなければならない。女の子っていうだけで、なんだかツラい?というか損をしているような気がしていました。どう振る舞えば認めてもらえるのか、私は本当はどう振る舞いたいのか、そういうモヤモヤを抱えていました。当時を振り返ると、これは「ジェンダー錯乱」が起こってもおかしくないよなあ、と思います。 

 

女の子の面倒くささと順応

小学生も高学年になってくると、先生からも子どもたち同士でも、さらにハッキリと男女の区別がされるようになってきました。低学年のころのように男の子たちに混じって遊んでいると(女の子とも遊んでいましたが)、同級生の女の子たちから、

「男たらし」

というとんでもないレッテルを貼られました。「面倒くせーwww 小学生で「男たらし」って…何それ?」って感じでした(笑)。しかし、そんなこと言えません。わたしの中の「あ、このままじゃヤバい、嫌われる」というアンテナが働き、小学校と家庭のみの小さな世界を生きぬくために、興味もないジャニーズの話しに付き合ったり、女の子たちの反感をかわないよう気をつけていました。今となっては、「一匹狼ってカッコいい」と思えますが、当時は「ひとりぼっち」になるというのが、とんでもなく恐ろしく感じられていたんですね。そんなわけで、このあと中学校に入ってからも、さらに女の子として順応するようになっていきました。それはまた次回の記事に書きたいと思います。

 

ねこのように気ままに。

 

 

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新発見!「男の子ごっこ」

カウンセリング

カテゴリー「カウンセリング」を追加しました。

こんなブログを読んでくださっているあなた、ありがとうございますm(_ _)m

ブログの構成なんて考えずに突発的に始めてしまったため、時系列がバラバラだったり、「そこ説明しないとわかんないでしょ」ってところをすっ飛ばしてしまっていたりして、まだまだ読みづらいのは百も承知です(ブログトップの右上”ABOUT”に、簡単な自己紹介は記載しています)。文章を書く練習も兼ねていますので、ご容赦ください。

そこで、せめて関連記事をカテゴリー別に分けてまとめていきます。

現在まで、

  • DIARY(日々の記録や感じたことなど)
  • HISTORY(これまでの歴史、主にトランスに関すること)
  • OTHER(その他、お知らせなど)

3つで分けていましたが、今回さらに、

  • カウンセリング(現在受けているハコミセラピーを取り入れたカウンセリングを通して、気がついたこと、思い出したこと、新たな発見など)

を追加しました。

カウンセリングって、見たいものも見たくないものも出てくるし、いろんな感情がわき起こってきたり考え方が変わったり、面白い反面エグいところを避けて通れないこともしばしばです。そこで、せっかくなのでそんなカウンセリングの記録もせきららに書いちゃおうじゃないか!と思った次第です(備忘録もかねて)。

 

それでは、早速ここからが今日の本記事です。

 

マインドフルネス

この記事を書いている今日は、ハコミセラピーを取り入れてから二度目のカウンセリングでした。

ハコミセラピーは、身体に注目するさまざまな療法を、創始者ロン・クルツ博士が、 自らの体験に基づく独自の理論で統合し、今の時代にふさわしい心理療法として創りあげたものです。

ハコミセラピー|JHEN 日本ハコミ・エデュケーション・ネットワーク

 

前回からカウンセリングの最初に「マインドフルネスになる」練習をしています。

マインドフルネスは、自分の身体や気持ち(気分)の状態に気づく力を育む「こころのエクササイズ」です。欧米では、すでにその効果について、多くの実証的研究報告があり、ストレス対処法の1つとして医療・教育・ビジネスの現場で実践されています。

 マインドフルネスとは、「今この瞬間」の自分の体験に注意を向けて、現実をあるがままに受け入れることです。1つのことに集中して行います。いつでもどこでも実践できます。

 マインドフルネスを実施すると、ストレスな場面においても否定的な感情や物事にとらわれ飲み込まれることなく、いつでも自分を取り戻すことができるようになります。

 人は、大きなストレスにさらされると、そのことにとらわれ、しばられ、身動きが取れなくなってしまいます。がんじがらめになり、次第にかたくなったこころは、閉ざされ弱くなってしまいます。

 マインドフルネスは、しなやかでゆたかなこころをめざします。マインドフルネスを習得できるとストレスをしなやかに対処することができます。

マインドフルネスとは │ ヒューマンウェルネス インスティテュート

つまり、過去の出来事を思い出してイライラしたり悲しくなったりするのを、「わたしは今この安全な場所にいる」という感覚をしっかり持つことで、興奮したり取り乱したりするのを和らげることができるというものです。この「マインドフルネスになる」という練習をカウンセリングの前に行うことで、カウンセリングの途中で感情が爆発しそうになった時も、一呼吸おいて「マインドフルネスになる」ことで、自分のハラワタをエグるほどしんどいような状況は避けることが可能になるのです。

なんだか瞑想のようで、宗教チックだと思われるかもしれませんが、科学的に効果も実証されていて、これからもっと広まるだろうし、期待大です。

 

それで、今日気がついたのは、わたしはどうやらこれまで緊張しっぱなし(気を張りっぱなし)で生きてきたようだ、ということです。

前回もそうだったんですが、マインドフルネスになるために目を閉じてリラックスし始めると、なんだか目がぐるぐる回っているような気がしたり、体が前後にゆらゆら揺れているような気がしたり、呼吸が浅く息苦しくなったりして、少し気分が悪くなります。どういう反応があらわれるかは人によりますが、わたしの場合は、カウンセラーさん曰く、わたしの中に「緊張を解く=危険を感じる」ということがあるのではないかということでした。確かにそうかもしれません。日頃から、わたしの頭の中で「こう言われたら、ああ言おう」「こんなことを聞かれたら、こう答えよう」というように、「一人脳内会話(会議?)」が頻繁に起こっています。見方を変えれば、いつも「身構えている」ということになるかもしれません。

マインドフルネスに話を戻すと、その気分の悪さを少し我慢して乗り越えるとリラックス状態にはなることができます。ですが、「他人を前にリラックスする」ということがこんなに難しいことだったとは驚きです。おそらく、「緊張していないフリ」「リラックスしたフリ」をこれまで幾度となく装ってきたことでしょう。

 

「男の子ごっこ」

わたしは19〜28歳の約9年間を、社会的に「男性」と認識される姿で過ごしてきました。いろんなものがつもりつもって「女性」であることがこの上なくしんどくなってしまったからです(今後の記事で詳しく書きます)。

しかし、「女性」であることがしんどいということと、「男性」として生きたい(「男性」になりたい)ということはイコールではありません。わたしは「男性」になってみてわかりましたが、本当はちっとも「男性」になんかなりたくなかったのです("なんか"とか言ってごめんメンズの皆さんw)。「女性」のままでわたしらしく過ごせさえすれば、別に「男性」にトランス(性別移行)する必要もなかったのです。

ただ、男尊女卑のはびこる田舎町に生まれ育って小さな世界しか知らず、当時は「女性」のままで好きなことをするのは許されない、と感じていました。

それが23歳で大学に入って勉強して、多様性やフェミニズムと出会って、「わたしはなんてことをしでかしたんだ!OMG!」と思いました。「女性」でも自立して、好きなことをして、言いたいことを言って、差別されなくて、そんな先輩「女性」たちがたくさんいることを知ったのです。わたしは「女性」であるしんどさや抑圧から脱出したい一心で、「男性」になるという選択をしました。体をいじって傷つけようが、当時のわたしには身を守るために効果的な安全策に思えていたのです。実際に、乳腺・子宮・卵巣を摘出しました。それが、こんなことをしなくても楽しそうに(ツラいことも乗り越えて)生きている「女性」がいる。わたしも本当はこんな強い「女性」になりたかったのに、エネルギーを注ぐ方向を間違えてしまった!と、取り返しのつかない過ちを、悔やんで悔やんで、悔やみきれないくらい悔やみました。何度も人生を終わりにしようと考えました。実際に今年2月末にはOD(過量服薬)をして、たくさんの心配とご迷惑をおかけしました。もう立ち直れないと思っていました。

 

そんなわたしが今日のカウンセリング中、

「今となっては、「男の子ごっこ」もまあまあ面白かったなって思うんですよね」

 

え?

 

今なんて?

 

わたしが言ったの?(°_°)

 

「「男の子ごっこ」もまあまあ面白かったなって」

 

びっくりしました。後悔しまくっていた出来事、黒歴史、葬りたい過去、と思っていたものを、このわたしが「面白かった」と言う日がこんなに早く来るなんて(笑)。

 

多分、男性ホルモンの投与をやめて、髭も脱毛して、女性ホルモンの投与で更年期症状も落ち着いてきて、一度取ったおっぱいを再び取り戻して、不可能と思えていた再び「女性」として暮らすということが今実現できているから、過去を受け入れる余裕が出てきたのかもしれません。こうやって書けるようになったのも、少しずつ心の傷が回復している証拠だと思います。

他人のトランスを「ごっこ」呼ばわりする気はもちろんありません。しかし、わたしの場合は「ごっこ」と言うことで気持ちが少し軽くなりました。そして、わたしは本気で「男の子ごっこ」をやったんだと思ったら、なんだか誇りに思えてこないでもありません(笑)。

「男の子ごっこ」にどっぷりハマって感覚が麻痺してた時の痛い記憶は、今後HISTORYのカテゴリーで書く予定なのでお楽しみに…。

あー、面白かったな。

 

ねこのように気ままに。


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