虹の上を行ったり来たり、ねこのように気ままに

女→男→女と、二度の身体改造を経て変身してきたトランスジェンダーの日々。

「女の子らしいね」は、ほめ言葉じゃない。

スカートって素敵

今日は久しぶり(約9年ぶり?)に、先日ゲットしたフレアスカートを履いて出かけてみました。病院に行くだけだったんですけどね(笑)。
いやー、しかしスカートってこんなに涼しいのか!とびっくりしました。足にまとわりつくようなパンツスタイルは、夏しんどいですからね。今夏は重宝しそうです。
ちなみに、風の強い日はめくれる可能性があるということを、家を出て風に吹かれてから思い出しました。なにせ久しぶりなもので(笑)。

f:id:nijineko87:20160530155333j:plain

 

病院にて

さて、こんな格好で出かけて、若干るんるん気分でした。病院の待合室で名前を呼ばれ、いつもの診察室へ。すると先生(メンズ時代からの主治医、以下K先生)は、わかりやすく目を丸くしていました(笑)。これまでは、いつもジーンズにシャツという格好でしたから、無理もないですね。そしてK先生はニコニコしながら言いました。

「今日は雰囲気違うねー。女の子らしいよー。」と。
わたしは瞬時に、ほめられたかのような錯覚に陥りました。K先生は、お世辞の一つでも言って勇気づけてあげようと思ったのかもしれません。わたしも一瞬だけ気分が良くなったのも事実です。しかし、ちょっと待てよ…

「女の子らしい」って、はたしてほめ言葉なんでしょうか?

 

「女の子らしいね」の裏側にあるもの

K先生は、わたしがメンズ風だったときの姿から知っています。二度目の改名の時にも、快く協力してくれました。ちなみ、以前(9年前に)GIDの診断を下したのは別の病院の先生で、だから協力が可能だったというのもあるようです。「自分や同病院の先生が下してた診断だったら、なかなか間違えてたとは言えないよ(汗)」と言ってましたから(笑)。
二度目のトランス中、わたしが性別を問われたりジロジロ見られたりすることに悩んでいたことも、K先生は知っています。だから、わたしが「女性に見えるようになることを望んでいる」=「女らしくなることを望んでいる」と思っていたのかもしれません。K先生の脳内では、わたしにとって「女らしいこと」=「善」だろうという図式ができあがっていたのでしょう。

「女であること」と「女らしいこと」は全く違います。皮肉にも、わたしはこの「女らしさ」に散々苦しんだ挙句、一度「男」になり、押し付けられる「女らしさ」から逃亡を図ったのでした(笑)。らしかろうが、らしくなかろうが、「女」だと思えば「女」なのです。

それにね先生、わたしはもう「女の子」って年齢じゃないのよ。アラサーよ。

 

「らしさ」の難しさ

もちろん、「女らしい」「男らしい」と言われて喜ぶ人もいるでしょう。それを否定するつもりはありません。しかし、「女らしい」「男らしい」には、地域や文化、時代背景によっても異なる「社会的望ましさ」が込められています。よって、相手がそう言われて嬉しいのか嫌なのかは個人差があり、それを見極めるのは簡単ではありません。そして、嬉しくもない「◯◯らしい」という、いかにもほめ言葉のようにも使われる言葉によって、「◯◯らしく振舞わなければならない」という規範や抑圧が生じているのも、残念ながら事実です。

 

じゃあ、どうほめるのか

いや、別にお世辞を言う必要はないんですけどね。嬉しさや感動したことなど、自分の気持ちを人に伝えたい時もありますよね。わたしはできるだけ「素敵」という言葉を使うようにしています。「素敵」と声に出すと、なんだか嬉しくなるんです。もちろん、「かわいい」「カッコイイ」「きれい」なども使います。でも、少なくとも「◯◯らしい(◯◯らしいから良いね)」とは言いません。相手を「◯◯らしい」と勝手に判断してしまうことと、わたしが「素敵」だと感じたことは、必ずしもイコールではないからです。「◯◯らしい」という、規範や抑圧を伴う言葉を使うのではなく、素直な感情を伝えます。どうせほめるんだったら、ほめる方もほめられる方も気持ちいい方がいいですよね。

 

ちなみにK先生をdisっているつもりはなく(笑)、とっても素敵な先生です。「復職、ちょっと不安なんです」って話をすると、「しんどくなったらまたゆっくり休めばいいよ。ここにもいつでも来てくれていいから」と言われ、少しホッとしました。

 

ふう、頑張って書いたからほめて〜!(笑)。

 

 ねこのように気ままに。

 

ハンドメイドのレインボーアクセ製作・販売「虹ねこ〜ハンドメイドSHOP〜」はこちら↓

minne.com